大人は二十歳になってから…はどうなる? 2008年2月14日

大人って何歳からなのだろうか。ふとこういうことを突きつけられると、私が思うのはやはり自分で自分の責任をキチンととれるようになるときかなと思います。単純に『生きる』という観点からすると、すべての自分の行為に責任はとりきれないのものですが、こと、社会的な責任という意味では自分の名義で起こしたことに対して法的解釈の元での責任を果たすことができるというのが大人かなと思います。

婚姻にしてもそうだし、お金の貸借、社会的な倫理に基づいた行動をとるだとか。だから、もしかすると年齢というよりは、各々によって違うものと仮定するのがまあ本当なのかもしれません。ただ、法律で何処からかというのを厳密に考えるようになると、二十歳あたりがやっぱり妥当かなと、個人的にはもう少し引き上げても言いのかななんて思いもありますが。

今の日本を見ていると、社会的なルールを守れない大人があまりにも多すぎる気がします。投票法を機に成人年齢においても18歳にしたほうが良いのではという議論が一部に沸きあがっています。一般的にお酒やたばこ、親の同意なしによる婚姻などがパッと浮かびますが、いまの18歳という年齢にきちんとした行動が取れるかというといささか疑問です。

もちろんキチンとできて自分を律することができる人も沢山いると思います。しかし、学生として生きている人も多くいるのも現状。その多くが親の庇護の下生活をしているわけです。そういった人たちに成人として扱う資格があるのだろうかとも思うのです。

ニートやパラサイトシングルなどが問題化されているこの国に置いて、個人の責任の所在は極めて希薄になりつつあるように思います。単に法律を守ればいいという問題ではなく、一人の人間としての存在の意義をキチンと発しそれで生じる責任をキチンととるだけの覚悟があるのかどうかといわれると…。

「自分らしく」あるために他者との深い関わりを避け、やりたいようにやる。こういうのは本当に大人かというと私は疑問を感じてしまいます。自分らしく生きていくのは結構だし大いにやるべき。でもそれに対する責任を果たしている人は少ないと思います。権利を主張することそれはその代償として責任を果たすということ。

社会全体が人を育てていた昔とは違っている日本。『甘え』の構造だけがそのまま残っていまいどうにもこうにもしまりがなくなってきてしまっているこの国において成人年齢を引き下げていく覚悟が、社会全体に本当にあるのかどうか。18歳になる人ではなく、それをキチンと見守っていけるかどうかが今この国には問われているのでないのかなと思います。

私は、個人の選択にしても良いのではと思います。18歳でキチンと責任が取れるとする人はそれでも良いし、やっぱり20歳でもいいというのであればどれでもいいかなと。まあ回りの大人たちがきちんと『大人』として振舞う社会ならそもそもこんな議論もすんなり行くような気もするのですが…。



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